今回はシンプルに書こうと思う。
お、どんなことを書くんじゃ?
家族で話し合うことが増えるようになってから思ったことについて。
簡単にいうとどういうこと?
付き合っていると人の欠点って見えてくるじゃない?
でもすべての欠点が耐え難いわけじゃない。
違いを受容しないと一緒にいられないから、我慢できる欠点は流し、我慢できない欠点については話し合う。
時には喧嘩をしながら話し合うこともあるものじゃのぉ
今僕は結婚していて、9歳の子供がいるのだけど、子供がいなかった時は受容できていた配偶者の欠点が、子供ができてから受容できないことが多くなった。
どうして子供がいると受容できなくなるわけ?
子供は親の言動をすべて吸収していくから。
親の欠点であっても子供は欠点なのかは分からない。
親のやっていることを悪いことだとは思わないから、自分もやっていいのだと思ってしまう。
そうして親の欠点が子供に受け継がれる。
子は親の鏡と言われるゆえんじゃのぉ
だから自分の欠点も見直さざるを得ないし、配偶者の欠点についても考え直してもらわないといけないと思うようになった。
子供が親を育てるというのはそういう仕組みなんだね!
しかし自分の欠点というものは認識しづらいものだ。
無意識でやっていることも多いので、自分では気づきづらい。
気づいていないから、指摘されても現実感がない。
欠点の指摘だから当然心地よくない。不快だ。
だからこそカップルというのは流せる欠点は流し、流せない欠点だけ話し合うのだろう。
そうじゃなきゃ続かないのぉ
欠点を流すという考え方はカップルの間はいいが、子供ができると同じように流し続けるわけにいかなくなる。
「自分たちの欠点を受け継いでもらいたくない」と思うと放置できなくなるのだ。
うちの場合はカップルのときにかなりの比率で欠点を受容しあってきた。
しかし受容していたがために子供が生まれてから、そのツケを多く払うことになった。
子供に引き継いで欲しくない欠点をお互いに指摘し、話し合い、直す努力をする。
時には自分たちのプライドに触ることもあるから口論になることもある。
大変ではあるがこのプロセスは家族をより良い形に導いてくれていると今は思えるようになった。
根気よく話し合ってきた結果、お互いの考えを聞く姿勢が生まれ、直す努力をするようになったから。
おかげで少しずつではあるが自分の思っていた理想の家庭に近づいているように思う。
とはいえ、時間が戻せるのであれば、過去の自分に知っておいてもらいたかったと思う。
「子供ができると欠点を流していられなくなるよ」と。
「だから今のうちに欠点を指摘しあっても話し合える関係作りをしておいたほうがいいよ」と。
「それができないのであれば、結婚して子供を持つというビジョンは考え直した方がいいよ」と。
もしあなたが結婚を考えている相手がいて、子供を持ちたいと考えているのなら、子供に受け継いで欲しくない自分の欠点を見直したほうがいいと思うし、相手の欠点を指摘し、長い目で見ながら直していこうと提案してみてほしいと思う。
欠点を流し受容することは素晴らしい技術なのだけど、子供のことを考えた時はちょっと調整が必要だ。
今日はそんな話が書きたかった。